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本作は我らの聖母の離婚を綴ったアルバムだ。16曲中7曲は彼女の別居について直接言及している。
自分をさらけ出すことは常に彼女のアートの一部ではあったし、これほど暗く、混沌として葛藤するアルバムも初めてではない。だが『MDNA』はマドンナの作品の中で最もあけすけなものとして際立っている。いったい誰が彼女が自分の気持ちについて、ここまで赤裸々になることを予想しただろうか? どれだけ生々しいかって?
“目を覚ませ、元妻よ/これがあなたの人生よ”“私はあなたの妻になろうとした/自分の輝きを抑え/自分の光を飲み込んだ”“弁護士たち/甘んじて受けろ/婚前契約をしてなかったのよ”“このドアを通るすべての男は/すべてあなたと比較される”など……。彼女はこれまでも内向的ではあったけれど、ここまでハッキリと語ることはなかった。ある意味で、これはパンクロック的な衝動ではある。世間に対して、自分以上に自分を傷つけることはできないと宣言するようなものだ。ただ彼女の場合は露出と痛みを編みこむことで、この告白をストレートに突きつけるのだ。
ビートが渦巻くにつれ、マドンナは開放を求め、すべてを乗り越えようとし、その結果が異なったものであれば……と願う。その一方で、彼女は新しい恋について歌い、「バースデー・ソング」では自分のケーキのクリームを舐めてくれ——と言う。最新のクラブ・サウンドのエクスタシーを正確に刻みながら、時折「ライク・ア・プレイヤー」以来彼女が追い続けてきたシンセ主導のエレクトロと60年代ポップスのクラシック主義とのブレンドに回帰する。
12年ぶりに復帰したウィリアム・オービットがそれらの楽曲の大半を担当している(元夫ガイ・リッチーのドンパチ系美学を張り倒す『キル・ビル』的な「ギャング・バング」を含む)。新しく参加したのは、「ギヴ・ミー・オール・ユア・ラヴィン」でチアリーダー幻想を作ったフランス人プロデューサーのマーティン・ソルヴェイグ。彼はウィリアム・オービットのようなサウンドにするために、自分が好きなプリンスへの愛を抑えることまで求められた。
ダンスフロア向けの曲を手掛けたのは、イタリア人デュオのベニーとアリー・ベナッシ。彼らは「ガール・ゴーン・ワイルド」に身体で感じられるようなブーム・サウンドを取り込んでいる。そういった仕掛けがアルバムにはたくさんある。DJが楽しめる遊びゴコロも随所にあり、繰り返し聴きたくなるような音楽的な深みも備えているのだ。第一印象として感じるのは、かつてのマドンナが切望していた商業的コネクションに対する衝動と、ほとんどの人が誤解するであろう絶望である。ただし、今回はもっと内向的なのだ。マドンナがかつて自身の喜びを皆と分かち合ったように、今度は自身の苦しみを分かち合おうとした——というふうにも言えるだろう。彼女の音楽は、いつだって抑圧からの解放についてではあったが、今回は初めて、抑圧は内側からもたらされたものだった。喪失と悲しみ。スターだって私たちと同じなんである。